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断酒な日常 PR

断酒で自己実現の可能性が

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ほんの少し前の記事で、
『問題に集中し過ぎない』
という内容の記事を書いています。

断酒中に飲酒の欲求が来たとき飲酒欲求に集中しないこと 断酒6ヶ月目も既に突入し、安定感を感じている最近です。 別に一日一日を数えているわけではないのですが、...

集中するべき方向を間違えないといった内容の記事でしたが、本日はそこから更に気付きを得たことがありますので、書き進めていきたいと思います(^.^)

認識できていることが全てではないということ


休日には、愛犬との散歩を楽しみにしているエアです(^_-)-☆
平日は自宅を離れていることが多いので、せめて週末は出来るだけ多くの時間を愛犬と過ごしてあげたいと思っています。

もう既に落ち葉で溢れている、公園の並木道。
そんな散歩コースを歩きながら愛犬と歩く時間は今の私にとってとても貴重な時間の一部になっています。

愛犬も楽しそうに草の臭いを嗅いでいるので、私も時々嗅覚に集中してみたりしてみます。

すると、ほんの10秒前までは感じなかった臭いを感じたりします。

木のそばの、独特の臭い。
ゴミ収集場のネット付近の臭い。
何かわからない、植木の近くの臭い・・・

それまでに認識できなかった臭いがたくさんあることに気付きます。

別の感覚にも意識してみると・・・

次に、視覚に意識を向けてみます。

いつもと変わらぬ散歩コースですが、目に入る全ての光景を意識してみると今まで気付かなかった色々な景色が認識できるのです。

いつもは本当に狭い視野で景色を見ていたんだなぁと感じます。
意識に入らない、広い左右の景色も目に入ってきます。
忙しそうに自転車を進ませる学生の方や、風で激しく揺れている木の枝が意識に入ってきます。

そして、触覚に集中してみます。

リードを握っている手の感覚。
ズボンをはいている両足の感覚。
歩きながら片足ずつ体重が乗ってくる、足の裏の感覚などです。

それまで、全く意識をしていなかったことが認識できるようになってきます。

同じように、味覚はどうかなと試してみます。
口の中で動いている舌ですね(^.^)

聞こえてくる音に意識を向けるとまた、色々な音が耳に入ってきます。

大きな音に隠れて何か、ジーンとなっている音。
虫の鳴き声かな?飛んでいる音かな?
普段の生活では、絶対に聞くことのない音が認識できます。

そういう風に、味覚・触覚・嗅覚・視覚・聴覚をそれぞれ集中させてみながら、お散歩を楽しんでいるのです。

そうすると、面白いことに気付きました。

同時に二つの感覚を使うことは難しい

味覚に集中している時は、味覚のみ。
嗅覚に集中している時は、臭いのみ。
触覚に集中している時は、肌に触れる感覚のみ。
視覚に集中している時は、目に入る景色のみ。
聴覚に集中している時は、聞こえてくる音のみ。

一つの感覚を使っている時は、他の4つの感覚は閉じられてしまうのです。

実際は完全に閉じてしまうことはないのでしょうが、意識の外に行ってしまっている状態ですね。
少なくとも私には、同時に全ての感覚に集中して認識することはとても難しく感じます。

でも、例えば視覚に集中している時。
視覚に集中しているのですが、視覚そのものを広げたり小さくしてみたりすることは可能です。
焦点を小さくしたり、大きくして全体を見ようとしてみたりすることです。

嗅覚であれば、一つの臭いだけを探してみたり、もっと大きな範囲での臭いを感じ取ったりしてみます。

音に集中するときは、葉っぱの揺れる音だけに集中してみたりそれ以外の全ての音を感じてみたりすることは何となく可能です。

同時に他の感覚を使って意識することは難しいのですが、一つの感覚で焦点を大きくしたり小さくすることは可能であることに気付くのです。

自分で感じることが全てになってしまう

このように、五感を使って遊んでみるとちょっとした気づきが得られます。

例えば、音に意識を集中してみると様々な音を拾うことは出来るのですが、臭いだとか目に映るものには鈍感になってしまうのです。

その時の自分にとっては、何か臭いのするもののみが全てとなってしまい、他のことを感知することが出来なくなってしまうのですね。

大げさに言うと、誰かがとても美しい声で歌っているかもしれないのですが、臭いしか認識できない状態になってしまうのです。

自分で気付けていない世界の方が圧倒的に広くて深いのに、ほんの一部の世界しか認識できない存在であることに気付くのです。

こうして、視覚を広げたり小さくしたりして目に見える光景を楽しんでいる時にも、どこかでスパイシーな香りのするカレーを作っているかもしれませんし、鉛筆の音をたてながら必死で受験勉強に励んでいる方もきっといるのです。

それはちょうど小さなお家の中にいる人が、小さな窓から見える広大な外の世界に気付くことなく過ごしている住人のような姿を想像させてくれます。

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断酒するということは、家の外に出る感覚

小さな窓からかすかに見える大空を見ながら、
「なんだろう、この目に見えてる青いものは?」
と感じつつも、安全なお家の中で小さな世界をしっかりと守っている姿。

それはそれで、大切なことだとは思います。
家の中も清潔に、常に掃除をしながら快適な環境を作っていくことは大事なことです。

でも、小さな窓の外にある世界は無限に広大なものなのです。
窓の外には、町があり国があり、星空へと広がっているのです。

そんな広い世界の一滴も知ることなく人生を終えてしまうのは、やっぱりもったいないと思います。

たとえ全てを知ることは出来なくても、時々は外に出て広大な世界に触れてみたいものです。

断酒するということは、今まで使わなかった感覚で物を見るということと似たようなことだと感じます。

色々な感覚を使い、焦点を絞ったり広げたりしながら昔の自分では認識できなかったことを見ることが出来るようになったりします。

そこには、新しいビジネスチャンスがあったりするかもしれません。
または、何かの創作意欲が出てくるような美しい感覚かもしれません。
食べ物の美味しさをより強く感じるようになり、新たな世界が広がってくる可能性も・・・

何かを手放すと、それと同等以上のものが間もなくあなたのもとに入ってくるのです。
お酒以上のものが、あなたのもとに入ってくるのです。

それまで、手に入れよう手に入れようと頑張っても手に入らなかったものが、あなたのもとにやってくることになることも十分に考えられます。

追っかけていたものが、向こうからやってくるようになる。

『断酒して、自己実現・人生好転する感覚とはこんなものなのかな~』
と感じながら、愛犬の散歩を楽しんだのでした(^.^)/~~~

お酒やめて良かったです。

まとめ

一つの感覚を集中させると、普段感じないことを認識できる
同時に複数の感覚を集中させることは難しい
認識できなくても、外の世界は現実に存在している
断酒すると、小さな窓から見える外の世界を少し知ることができる
欲しいものが向こうからやってくる瞬間がやってきそうだ(^_^)/

 

 

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