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断酒と愛

始まった別居生活 5 ~断酒前のどん底生活~

前回のあらすじ

娘に手を出してしまった自分。
関係を修復するために設けた、夫婦話し合いの日。ビール缶を手にしながら話し合い、娘への愛情を確認してその話し合いを終える。事態は改善してくれると信じていたが、ある日妻との口論が発展してしまい夫婦別居生活へ。
断酒への軌跡 4~次々と訪れる試練の連続~

2週間程度だと踏んでいた別居生活

翌朝、そして二日目の朝も妻は戻ってきませんでした。

2週間程度で戻って来るのかな・・・
そんなことを当初は考えてました。

3日後位から、もう一度話し合う機会を設けようとメールしましたが返事は来ません。

何度か連絡して、ようやく来た返答が
「私の方も、色々と考えたいので時間を下さい。」
といったものでした。

「自分のバイオリズムが落ちてきている。試練の時が来ている。」
12年の周期を思いながら、そのように感じました。

占いなんて信じないし好きではないと言っていた自分が、その考えに影響されてしまっている・・・

なんて皮肉な自分の人生。

お酒で麻痺させた頭で、そんなことを考えながら過ごしました。
自分のことばかり考えている時でした。

最初こそ、色々と話し合いの打診をしていた自分でしたが、敬語で返してくる妻からの短い返答に相手の意志も感じ私の方からも連絡をすることが少なくなってきました。

追い詰めるかのような健康診断の再検査

別居も始まり、孤独な生活が始まりました。

別居前は雰囲気の悪かった家族でしたが、出張から戻ってくる日はまた違った孤独を感じました。

出張へ出ることも、戻ってくることも嫌だった頃です。

そんな生活状況の中でも、仕事では絶対に影響させてはいけないと感じていました。
お客様への訪問時にも普通に対応するよう努めてはいました。
事務所でもおそらくは、普段と違う自分を察知はされていなかったと思います。

家庭状況から仕事まで自暴自棄になってしまうパターンは、堕落への始まりだと感じていたからです。

そんな中、デスクに置かれていた健康診断の再検査の封筒。
胃カメラ検査に引っ掛かり、胃がん検査を受けて総務へ報告するよう通達が来ていました。

「どこまで、自分を追い詰めるつもりだ??」
そんな感情が湧いてきました。

生活費もお金の管理も、保険のことも今まで全て妻に任せっきりだった自分。
仕事以外は何もしてこなかった自分に、その時初めて気付きました。

仕事とお酒だけ。
仕事で結果さえ出していれば、妻も納得しているはず。

社外の人間に、会社内での業績云々を誇ることの虚しさを当時の私は知らなかったのです。

結局胃カメラの再検査は悪性ではないことがわかり、ピロリ菌の除去だけで終わりました。ピロリ菌除去の為に、薬を飲む1週間ほどはアルコールの摂取は出来ないと言われその期間はお酒を飲まずに過ごしました。

まさかその数か月後に、断酒生活に入るとは夢にも思わず・・・。

あと数日で、また酒が飲める。

その日を励みにしながら過ごしたノンアルの数日は、それ程苦痛は感じなかったと記憶しています。

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娘のミュージカル発表会

気になっていたのは、娘のミュージカルの発表会です。

夫婦別居時には既に離れて暮らしていた私と娘。

高校受験の前の最後の発表会です。
その後は、受験準備の為に長期のお休みを取ることになっていました。

しかも、主役を演じることになっていた娘。
発表会は2019年の4月から始まる連休の時期だったと思います。

「発表会、観に行ってもいい?こっそり行って、こっそりと帰るから。」
そのように妻へ連絡しました。

娘に聞いてみると返答は来たのですが、その翌日。
「来てほしくないと言っています。年頃なので、ご理解下さい。」

届いた返答はそのようなものでした。

「了解しました。」
妻や娘の気持ちを再確認したかのように感じました。

未練はありましたが、どこかで諦めのような気持ちもありました。
ビールでも飲んで、休日をのんびりと過ごそう。

別居生活も1ヶ月を過ぎると、慣れも出てくるのか当初感じた寂しさからも少しずつ解放されてきていました。

相変わらず、感情の波はあり不安定ではありましたが。

別居生活について色々と検索した日

別居生活が始まって3ヶ月程したころでしょうか。
私は色々と、ネットでの経験談を検索し始めていました。

調べれば調べるほど、別居生活の後は離婚となるケースが多いことを知りました。

特に別居期間が長期になってくればくるほど、お互いに別居での生活に慣れてしまい元に戻る確率が低くなるとのことです。

「夫婦関係ももしかしたら、終わってしまうかも。」
そのような事を意識し始めました。

妻ももちろんその意識があってこそ別居を選択したはずです。

私自身、中学生のころに両親の離婚を経験しています。
そして、両親の離婚した環境で育った人はその方が家庭を持った時も、同じようなケースになることが多い。

そんな情報もネットで目にします。

辛いけど、これも自分が乗り越えるべき壁なのか?
娘も私と会いたくないというなら、仕方がないのではないか?

別居している間、妻と娘がどのような生活をしているか全く知ることのない自分はそのようなことを考えていました。

精神的に辛い日々が続いていました。

ですが、ただ辛いだけの連続でもありませんでした。
辛い生活の日々にも、本当に小さな希望の種があったのです。

今回のまとめ

2週間程度だと踏んでいた別居生活が長期となった
娘にも拒否されている自分を確認した
仕事では混乱している私生活を隠していた
別居生活の経験をネットで検索し、離婚も覚悟し始めていた
辛い日々の中でも、プラスの種を探そうという気持ちはあった

 

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