相変わらず平日は地元の九州を離れ、出張の日々を過ごしています。
地元にいるのは土日の週末だけで、平日の多くは地元を離れた場所で過ごすことが多い日々です。
そんな僕だからこそと言うべきでしょうか・・・、
先日、京都へ出張時に面白いことに気付きました。
それは・・・、
金閣寺を見たことがない、地元の方が案外多いということです。
なんてことの無い発見かもしれませんが、僕にとっては新鮮な驚きだったんですよね。
「えっ?そうなんですね。でも一度は絶対に見た方がいいですよ。」
思わずそう言ってしまった僕に、
「貴重なアドバイスありがとうございます。」
と苦笑いで返されました(笑)
あれほど素晴らしい金閣寺がそばにあるのに、一度も見たことのない理由。
勘のいい読者さんなら、おわかりでしょうが・・・、
それは『いつでも見ることのできる場所』にあるからです。
これって、断酒についても同じことが言えるんですよね。
危険な発想「いつか始めよう」
少し古い映画ですが、トム・クルーズとキャメロン・ディアス主演の『ナイト&デイ』という映画があります。
終わるまで飽きることなく観ることのできる作品なので、年末年始に是非ご覧になってみて下さい!
笑いとドキドキが途切れることなく、最後にはハッピーエンドで終えて幸せな気持ちになれる映画です。
その映画の中で言われていたセリフに、こんなものがあるんです。
「いつかやりたい。」
は危険な言葉だ。
いつかやろうは、ずっと先になってもしない。
そんな意味を込めて、警告として言っていたセリフです。
まさしく先ほどの金閣寺のお話し、そのまま当てはまることですよね。
そしてこれ、断酒にも当てはまることなんですよね。
いつでもあるようで、なかなかやって来ない人生のチャンス
いつでもできる。
まだ先でいい。
大好きなお酒をやめることに躊躇してしまう気持ちは、僕にも十分にわかります。
この先の酒なし人生を考えると、人生の楽しみの大部分が失われてしまうような気持ちになってしまいますよね。
僕もそのように感じていました。
断酒して3年が過ぎた僕でも、その時の気持ちは鮮明に覚えています。
だからこう思うのですね。
「50歳になったら、断酒に挑戦しよう。」
「仕事がひと段落した時、断酒を始めよう。」
「この正月を終えたら、断酒に挑戦だ。」
この場合は、期限を明確にしている点で「いつかやろう。」よりはずっとマシです。
先ほど言ったように、「いつかやろう」は現状維持でいいやと同義ですから。
でももう一つ、忘れてはいけない人生の真実が1つあるんですよね。
それは・・・、
チャンスというのは、一度タイミングを逃すと同じチャンスはもうやってくることはないという真実です。
どこまでも冷酷で優しさに溢れたこの世のルール
地球が空気で満たされているように、この世界はチャンスで満たされています。
でもそれは、あなたにとってのチャンスとは限らないものなんですよね。
他の人にとってのチャンスではあっても、あなたの目には見えていないものかもしれないのです。
生きている間、呼吸を欠かすことがないはずなのに、空気を実感し感謝できる時間は一生の中でも多くはないと思います。
そこにあるのが当たり前のように過ごし、空気の存在が奇跡やチャンスと感じることはありません。
それと同じで、受け手にはどうしても見えないチャンスがたくさんあるわけです。
僕自身の過去を振り返っても、人生の大きなチャンスをみすみす逃してしまったことが3回ほどあります。
それ以上あるかもしれませんが、
「大きなチャンスだったのに・・・」
と感じるチャンスの喪失は3度です。
「釣り逃した魚は大きい」という言葉がありますが、まさにチャンスを逃した後悔は、長い期間にわたって僕を苦しめてきたのです(汗)
それらは人間関係のチャンスであったり、仕事上のチャンスでした。
「ちょっと待って、今はまだ準備ができていないから。」
そんな気持ちで躊躇してしまい、風の如くそのチャンスは逃げ去ってしまいました。
その瞬間、
「あっ、そ。」
とばかりに、一瞬で通り過ぎて行ってしまったんですよね。
そうしてしばらく時間が経ち、気付くことになります。
「あぁ、僕はどれだけ大きな変化のチャンスを失ってしまったのか。愚かだった・・。」
二度とやってこない同じチャンス
風のように去っていったチャンスは、もう同じ形でやってくることは二度とありません。
形を変えた違う種類のチャンスはやって来ますが、体感的には少なくとも10年以上先のことになってきます。
「もう一度だけでいい。チャンスの風よ、来ておくれ。お願いだから。」
そう願っても、この世のルールは冷酷です。
絶対に同じチャンスはやって来てくれないのです。
大きなチャンスであるほど、それは10年、20年先にまた来てくれるかも・・、そんなレベルなんですよね。
でもこれは、この世界の優しさに満ちたルールでもあります。
あえて、同じチャンスを2度と与えないことで、大切な教訓を与えようとしてくれている優しさなのです。
一瞬の決断の大切さ
決断力を上げるための、日常の過ごし方
マインドの積み重ね方
「次にやってくるチャンスをちゃんと見極められるようなフィルターを、しっかりと準備しておくんだよ。」
そんな願いを込めて、チャンスを与えないという愛のルールを適用させているかのようです。
簡単にチャンスがやってくるようでは、きっとまた掴めないままで見過ごしてしまう事でしょう。
掴んだとしても、それをモノにできるかどうか怪しいものです・・・。
一瞬のチャンスを知ることの価値
あの時の僕は、大きなチャンスを逃していたんだ。
後になって、きな後悔の念に苦しむ経験をした僕は、もう二度とそんな思いはしたくないと身に染みて感じています。
「少しくらいの不安は振り払って、その時が来たら迷わず飛び込んでやろう。」
チャンスの予感を感じた瞬間、迷いは全て捨てて飛びこもうといった心境です。
だからこそ、いつ見えてくるかわからないチャンスを受け入れる器を日々の平凡な生活で積み重ねようとしているのです。
平凡と言いましたが、僕の中では非凡でエキサイティングな毎日でもあります。
外からの視点と、内からの視点は全く異なっているんですね。
「今日もしっかりと器を強くできた。」
そう締めくくれる1日を過ごせることは、嬉しいものです。
そうした日々を今過ごせているのも、大きなチャンスは簡単には与えられないという、この世の優しいルールがあるからです。
逆に一見楽しい時間を過ごせたとしても・・・、
それが何の成長にも繋がらないと感じた日は、何というか魂レベルでの嬉しさではありません。
「明日こそは、充実した日を過ごさなきゃ」と感じてしまうのです。
囁くようにやってきたチャンス
後悔ばかりの人生を書いてきましたが、ドンピシャでチャンスの波に乗れたことも、もちろんあります。
もうお分かりですね(笑)
断酒へのチャンスの波に遅れることなく乗れたことは、僕の大きな成功体験の一つです。
あれからもう3年が経過していますが・・・、
本当に生活の質も人生も、次元上昇しています。
思えば、あの時やってきたチャンスの波は、いかにも
「大きな波が近付いているぞ~!」
といった感じではありませんでした。
むしろ、小さな声で囁くような響きだったんですよね。
ダイナミックではありませんでしたが、その波の大きさは時間が経過した今、ようやくボンヤリと理解している程度なんです。
当時の僕は、さざ波のような些細な声にしか聞こえませんでしたから。
それでもその声が、なぜか「なんとなく、重要な気がする。」ような気もどこかで感じていました。
それは当時の悩みの時間の中で、僕の意識が強制的に磨かれていたからだと思います。
⇒断酒を始める直前の悩みのストーリー
もしあの時、チャンスを掴み損ねていたら・・・、
こうしてブログを書いていることもなく、泉のように湧き上がる感情を表現できないまま、錆びた鉄のような人生が続いていたのかもしれません。
これを読んでいるあなたが、今どのような毎日を過ごしているのかわかりません。
でもこうして過ごしている平凡な日々も、あなたの人生の為に用意されているチャンスへの準備期間なんだと僕は思います。
今日一日も・・、
将来必ずやってくる人生のチャンスを掴む、その瞬間の為の1日であり、人生を楽しむための1日でもあるのです。
チャンスの波がやってくると感じる時、それはあなたにとっての人生のチャンスです。
『ソウルサーファー』という素晴らしい映画があります。
片腕をサメに食べられた、実在モデルの存在する映画です。
その作品の中で、主人公が海で次の波を予感するシーンがあります。
海の表面に手を当て、「波がやってくる。今だ!」とタイムリミット寸前の時に、再びボードに乗り出すのです。
チャンスの波も遠くに大きく見えるようなものではありません。
見た目はいつもと同じ波。
それでも何か違う力が生まれようとしている、静かなサインです。
あなたの人生にも、きっとそんなチャンスがあるはずです。
もしかしたらこのブログが引き金となって、そんな力が生まれてくるかもしれませんよ♪
その時は、迷わず行動に移して下さい。
ご報告、待ってますね(笑)
さて・・・、
そうして無事、断酒へのチャンスを掴んだあなたを待っている世界とは?
それを継続していく毎日です。
ところが、この継続。
途中で挫折してしまうことも結構ありますよね(汗)
次回は、このことについて書いていきます!
それでは、良いお年を!
来年またお会いしましょう♪